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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)407号 決定

抗告人 田中実

相手方 野沢鈞

主文

原決定を取り消す。

本件を宇都宮地方裁判所に差し戻す。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。相手方の本件家屋収去命令並びに収去費用の申請を却下する。」旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

本件記録によると、債権者である相手方から債務者である抗告人に対する本件強制執行の債務名義は、昭和二十六年三月十三日成立した右両名間の宇都宮地方裁判所昭和二六年(ユ)第四号建物収去土地明渡等借地借家調停事件の調停調書であり、その強制執行の内容は抗告人が本件建物を収去してその敷地を明け渡す義務である。ところで、

調停がその基本である契約に瑕疵があつて無効である場合、その他の事由によつて債務の不存在を争う場合には、債務者は請求異議の訴によつてその執行力の排除を求めるのが本則ではあるが、本件において抗告人が主張する(一)のような事由がある場合は、債務者としては強いて請求異議の訴を起すまでもなく、家屋収去命令及びその費用の支払命令の取消を求めれば、再び右債務名義によつて強制執行を受けるおそれは殆んどないと解せられるから、特に収去命令に対し即時抗告を認めるを相当とする。そこで抗告人主張のような事由の存否について考えてみるに、抗告人提出の本件建物の登記簿謄本の記載によれば、本件建物は昭和二十四年六月十日売買により抗告人から申立外倉井ハツに譲渡された旨の登記手続が昭和三十三年五月二十七日なされていることが認められるので、抗告人は本件建物の所有権を失つたように一応認められる。しかしながら、相手方が原裁判所に本件家屋収去並びにその費用の支払命令を申し立てたのが、右登記手続のなされる以前の昭和三十三年三月二十日であることは、右申立書の受付印によつて明らかであるばかりでなく、本件建物の所有権移転登記の原因とされている抗告人と倉井との間の売買の時期は、右登記手続のなされた日から約九年も遡及している。更にまた、本件記録によれば、抗告人は本件に関し昭和三十三年四月十四日宇都宮簡易裁判所に再調停の申立をしていることも認められるから、抗告人の本件建物の売買が真実になされたかどうかの疑もないではない。よつてさらに原審において右事実の取調をするのを相当と認められるので原決定を取り消した上、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

抗告理由書

一、既に昭和二十四年六月十日売買により本件建物は抗告申立人の所有でなく倉井ハツの所有に帰し昭和三十三年五月二十七日その旨移転登記済である。

二、原審の債務名義はその基本たる和解契約に瑕疵あり無効である。

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